チェスの花火
この本に寄せられた言葉
私は常日頃、チェスが指せる人は 誰でも 世界中のどこでも有効な無期限のパスポートを持っているのだと思っています。実際若干の国を除き、あらゆる国でチェスは行なわれていて、自前のチェスクラブを持たない各国の主要都市などないと言っていいでしょう。
ところが日本は私のこの思いつきには当てはまらないようです。高度に発展し、文化的にも経済的にも世界的に重要な位置を占めるこの国で、チェスは相変わらずマイナーなゲームです。傑出した競技者を多く輩出しているお隣の大国、中国とは違い、日本の国内ランキング上位者は、世界ランキングで見ればまだまだといった順位にいます。とりわけ女性競技者のレベルの差は甚だしい。チェスが、日本ではあまり関心を集めないのはなぜなのでしょうか?
その理由として我々ヨーロッパの人間は、将棋や碁が日本の伝統文化に深く根を下ろしており、西洋のゲームが入るすきまがほとんどないため、と考えてしまいがちであります。けれども現実の日本列島では西洋発祥のスポーツが浸透し、柔道や相撲といった日本の伝統競技に匹敵するほどの人気を博しています。その事実は私にとっては不可解な謎のままでありますが、スポーツと同じように、いつの日かチェス競技が真に日本に馴染み深いゲームとなれば、この本の著者にも報いることになるでしょう。
私の同胞ジャック・ピノー氏は、日本を熱愛し、フランスを離れ、第2の祖国となった日本に暮らし、家庭を築いています。母国を離れるとき彼の頭に、チェス・セットを一組カバンに詰め、日本に持って行くという素敵な考えがひらめきました。紆余曲折はあったと思いますが2005年現在ピノー氏が創設した朝霞チェスクラブは、今日では日出ずる国のチェス・ゲーム界における脈打つ心臓の一つとなっています。
1999年および2002年、私は佐藤康光氏、森内俊之氏、そして羽生善治氏の三人の将棋名人と対戦できるという此の上ない名誉にあずかりました。その試合で私は、彼らがチェスの根底となる法則を完璧に理解している点だけでなく、彼ら自身のあふれる創造性を駆使したゲーム運びに、衝撃と感動を受けたのでした。チェスと将棋は一見似ているし、将棋の名人がチェスにおいてもその才能を発揮することは、別段驚くことはないと人は思うかもしれません。しかしそれはまったくの誤解です。チェスと将棋は遠縁の従兄弟のように、かなり異なるものなのです。あえていえば、そもそも私の将棋の情けないレベルがその明白な証拠になります。プロの将棋の棋士が自由に使えるほんの僅かな時間を考えると、私は、彼らが非常に限られた時間でこれほどのレベルに至るには、類い稀なチェスの師がいたからに違いないと思っていました。読者にはお分かりでしょう。その素晴らしい師とはほかでもない、ジャック・ピノー氏であります。読者のみなさん、本書は皆さんがチェスという魅惑的な世界への第1歩を踏み出すのに、大きな助けとなるでしょう。私は、著名な将棋のチャンピオンたちが、チェスにおいてもその特筆すべき理解で人々を驚かせるに至ったと同じ行程へと、皆さんを誘いたいと思う。新しいゲームを覚えたとき、西洋文化の知られざる一面がまた、皆さんの前に姿を表すでしょう。それこそが数年前ピノー氏が私に対し、将棋を覚えさせることで為したことでもある。つまり私は将棋という素晴らしいゲームを通して、西洋人にとって常に神秘のベールに包まれた日本という文化の新たな一面を発見したのでした。本書をガイドに、さあ、今度は皆さんの番です! (原文はフランス語)
ジョエル・ロチェ(ACPプロ・チェス協会の会長)
ピノーさんと知り合ってからチェスのみならずヨーロッパの文化の奥深さを知りました。また、日本の独自性についても。多くの人にこの本を読んで頂いて思考、哲学の違いを共有してほしいと思っています。
羽生善治(羽生4冠)
この本にはピノー氏の哲学、思想が凝縮されています。チェスを理解するには技術の向上はもちろんですが、チェスの歴史や西洋文化への理解も大切だというピノー氏の考え方が伝わってきます。私自身、ピノー氏に導かれ、チェスの魅力を知ることができました。今後、この本からチェスへの興味を深めた皆さんと対戦するのが楽しみです。
森内俊之(森内名人)
目次
- ヨーロッパにおける真正さへの意志
- ヨーロッパにおける宗教の信念について
- 科学における真正さとは
- 「我らの狂気を生き延びる道を教えよ」
- Non au taylorisme de la pensee
- 本のプラン
Chapter 1
- チェス盤から駒達の踊り
- えばりんぼキング
- 気が強いクイーン
- 頑固なルーク
- キングがお城を飛び越える時
- 鋭いビショップ、悪戯ナイト
- 哲学のポーン!
- ゲームの読み方と書き方
- 遊びチェックメイト
Chapter 2
- ルネサンスのチェスゲーム
- ロマンチックチェス?
- ドン・キホーテ と、キングスギャンビットの土地の旅行
Chapter 3
- キングスギャンビットへの旅
- Muzioの土地を旅行
- Salvioの土地を旅行
- フランスの合理性とアメリカの実用主義
- 最後の旅、アルガイー地方へ!
- ステイルメイトの天国
カルロス・トーレに捧げる
- エンディングの研究
- トーレのタンゴ定跡